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Bookstack

2008/11/25(火) イノセント・ゲリラの祝祭

小説
ASIN:4796666761 海堂尊 / 宝島社

『チーム・バチスタの栄光』から始まる、田口&白鳥シリーズ最新作。今回の舞台は医療現場ではなく、厚生労働省の会議室。ミステリらしい事件が起きるでもなく、ただ会議と根回しだけが続く。
 というわけで、普通ならきわめてつまらない話になりそうだが、その会議と根回しだけの話を最後まで飽きさせずに読ませてしまうのがこの作者の力量。会議の背後に渦巻く官僚や学者たちの思惑と暗躍を連ねて、謀略もののような駆け引きを描いてみせる。書類あさりとインタビューだけで成り立っているジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のようなもの、しかもル・カレより読みやすい。
 読みやすさの理由は、登場人物たちの立場の違いを明快にしているからだろう。そのせいか、デフォルメが効き過ぎたように感じられるキャラクターもいる。たとえば厚労省の官僚なんて、いくらなんでも部外者の前でこんなに正直に本音を語ったりはしないだろう(そういうことを平気でするから、本シリーズでの白鳥は異端の存在として強い印象を残していたのだが)。まあ、みんなが婉曲的なしゃべり方ばかりすると、それこそル・カレになってしまうのだが。
 デビュー作からしてそうだったけど、現実の医療制度に対する危機感が強く感じられる。後半はほとんど『死因不明社会』の小説版。ただし、なにぶん会議と根回しだけの話なので、作者の主張がほとんどそのまま登場人物の口を借りて語られるだけになっているのはちょっと残念。作者の危機意識を物語に取り込む、という点では『チーム・バチスタの栄光』や『ジーン・ワルツ』などのほうがうまくいっている。あまりいないとは思うけれど、本書で初めてこの作者の本を読む、という人はかなり戸惑うことだろう。

2008/10/22(水) ジョン・ル・カレ新作

 またまただいぶ間が空いてしまった。

 8月、9月のあたりにジョン・ル・カレのことに言及しているのだが、実はそのル・カレの新刊の解説を書いていた。下準備の一環として旧作を読み返していたところ、ついつい引きずり込まれてしまって抜け出せなくなってしまった。結局、ほぼ全作を読んでいたことになる。

 ル・カレの小説をいろいろ振り返ってみると、どうしてもキム・フィルビーについても触れないわけにはいかない。そんなわけで関連する本を数冊読んで、今やすっかりキムといえばフィルビーである。最近までは朝鮮半島を巡る謀略ものなどを読んでいて、キムといえばジョンイルだったのだが。
 ル・カレ、フィルビーときて、今はイギリス外交史の本などを読んでいたりする。

 読み返していて最も印象深かったル・カレ作品は、1990年の『影の巡礼者』だった。
 英国諜報部の新人教育係が、ジョージ・スマイリーを呼んできて新人たちにありがたい講演をしてもらう話。それだけだとさすがに長編としてもたないので、教育係がスマイリーの話を聞きながら、過去のあんな出来事やこんな出来事を回想する。ル・カレの小説としては「ゆるい」作品ではある。なにしろジョージ・スマイリーというキャラクターに頼って一冊書いちゃったのだから。だが、解説を書く立場で読み返すときわめて興味深い一冊だった。ル・カレがスマイリーを通じて冷戦を総括し、新たな時代にどんなものを書いていくかを語っているのだ。

 その新たな時代が始まって10年ちょっと過ぎた頃に書かれたのが、解説対象の『サラマンダーは炎のなかに』(光文社文庫、11月刊行予定)だ。原題は"Absolute Friends"なのだが、邦題は作中の台詞から。
 ル・カレがはじめて2001年9月11日以降を扱った作品だ。最近のル・カレは、ブッシュ政権の「テロとの戦い」を批判しているが、『サラマンダーは炎のなかに』にもその批判が色濃く表れている。まずは冷戦時代を背景に、英国情報部のために働く小役人と、東ドイツ秘密警察の一員との奇妙な友情が描かれ、そして21世紀に入ってからの二人の再会と、その背後にある企みが語られる。
 初期の作品以来、久しぶりに東ドイツの諜報機関なんてものが登場する。ル・カレの過去と今とが入り交じったような小説だ。

 ちなみに、ル・カレは先月"A Most Wanted Man"という新作を世に送り出したばかり。公式サイトやYouTubeで、作者本人も出てくるトレイラームービーを見ることができる。


  • 2009-02-24 Bookstack 古山裕樹
    例年だと本業がかなり繁忙状態になっているのだが、今年はややのんびりした状態。もっとも、仕事がなくなるのもまずいので、身も心ものんびりというわけにはいかないのだが。 ただ、本を読む時間を確保しやすくなったというメリットも。数日前にロバート・リテルの『CIA...

死者にかかってきた電話

死者にかかってきた電話 / ジョン・ル・カレ / 宇野利泰訳 / ハヤカワ文庫NV

 わけあってル・カレの作品をいくつか読み返している。

 かつて共産党に所属していた──外務省の官僚フェナンの過去を暴露する匿名の密告。諜報部員スマイリーはフェナンに会い、彼を疑う必要がないことを確信し、本人にもそのことを告げていた。彼の嫌疑は晴れたのだ。
 にもかかわらず、フェナンは死んでしまった。嫌疑を苦にしての自殺。そんな解釈を、スマイリーは受け入れることはできなかった。事件の夜、フェナンが翌朝にサービス電話をかけてもらうよう依頼していたことが判明し、疑念は確信へと変わった。調査を進めるスマイリーの行く手には、東ドイツ諜報部のたくらみが潜んでいた……。

 ジョン・ル・カレのデビュー作である。
 後の作品でもそうだが、ル・カレはしばしば本筋から離れた、かといって脇道とも言えない微妙な位置のエピソードから語りはじめる。本書の冒頭はこうだ。
終戦まぢかになって、レディ・アン・サーカムはジョージ・スマイリーと結婚した。
 以下10ページにわたって、スマイリーの人物像、そして生い立ちと経歴が語られ、そしてようやく、スマイリーが深夜にタクシーで職場に向かっていたことが知らされるのだ。
 ちなみに、ここで語られるスマイリーという人物の特性は、後の作品群でもまったく揺らぐことはない。
かれ自身の推理能力を実地に応用して、人間行為の謎を探究する理論作業
 スマイリーがやってるのはいつもこれだ。本書では外務官僚の死の真相を解き明かすことになるが、その手順はまさに本格ミステリ。ラストでは、いささか殺風景な文体で事件の意外な解釈が綴られている。
 ル・カレというとどうしても『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』あたりの重厚さが印象深い。この本も決して軽快に書かれているわけではないが、短いのでル・カレらしさを満喫しつつも短時間で読み終えることができた。

2008/08/29(金) ル・カレが隠れてる

日常
ささやかなできごとです。

本棚に収まらない本は箱に詰めて倉庫に預けている。
そんなわけで蔵書リストみたいなものを作って、必要なときはそいつを検索している。

で、つい最近「ル・カレ」を検索したところ、なんか見覚えのない書名が出てきた。創元推理文庫? なぜ?

よく見たら、ノエル・カレフでした。

2008/08/28(木) 2008-08-28

日常
シミタールSL-2原潜バラクーダ奇襲パトリック・ロビンソンの『シミタールSL-2』(角川文庫)を読みはじめたところ。
この本、『原潜バラクーダ奇襲』(二見文庫)の後日談のようだが、そのことはどこにも書かれていない。そりゃ他社の本ではあるけれど、ちょっと不親切では……?

この本の場合、前作に続いて元SAS将校のテロリストという特異な経歴の持ち主が登場する。また、前作のできごとの結果、イランがロシア製の原潜を手に入れている。というわけで、いきなりこの本を読むと諸々の設定が唐突なものに感じられるんじゃないだろうか。